一般に、正の実数範囲内では、平方根は乗法に対して分配則が成り立つ。
具体的に、
かつの成立条件を無視すると次の奇妙な式を導いてしまう。
もちろんであるので、この式は間違っている。 実際、間違っているのはの等号で左右の符号が変わるので破綻している。 つまり、
これは単位量で考えると分かり易い:
奇妙な式が間違っていることは分かった。 以下では、その原因について考察する。
一般に、平方根と言えば、平方の逆演算を意味する概念である。 すなわち、任意の実数の平方根と言えば、を満たすを意味する。
ところが、平方根の表記に用いられる根号は、正の平方根のみを表すのが習わしである。 例えば、の平方根はとの2つが存在するが、 は、はを意味し、で両方の平方根を表す。
このため、ではあるが、 と書いてもと同じく正の平方根であるを選択しているのに対し、 に分配した場合、負の平方根であるを選択したことになる。 どちらもの平方根に違いないが、の如く、である。
以上の視点でを眺めると、 左辺はの平方根の内、正の平方根を選択していると解釈でき、 右辺は虚数が現れるもが、結果的に負の平方根を選択していると解釈できる。
もし、負の平方根を選択していれば、分配則は成立すると見なせる:
以下では、正の平方根と負の平方根を整理し、平方根としての分配則に一般化する。 任意の正実数について、とする。
・正実数は正実数の平方で表せる
・正実数は負実数の平方で表せる
・正実数の正平方根が存在する
・正実数の負平方根が存在する
・正実数の正平方根は、 正平方根の平方根の平方で表せる
・正実数の負平方根は、 負平方根の平方根の平方で表せる
・正実数は正実数の積で表せる
・正実数は負実数の積で表せる
・乗法に対する正平方根の分配則: 正実数の積の正平方根は、 正実数の平方根の積で表せる
・乗法に対する負平方根の分配則: 負実数の積の負平方根は、 負実数の平方根の積で表せる
正平方根と負平方根の分配則を合わせて、
・積の平方根は、平方根の積に分配できる。(複号同順) ただし、とは正の実数である。
習慣的に、根号は正平方根を表すように定義されている。 その結果、乗法に対する平方根の分配則は正実数の範囲でしか成立しないように見える。 しかし、平方根の選択を注意深く行えば、分配則は実数全体で成り立つと見なせる。